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研究方法と文理融合

昔の男からもらったライターを、

花粉と鼻水と精液が大量についたティッシュにくるんで

記憶と共にゴミクズのように捨ててやった、

相沢祐香です。

さて。

今日は、駒場キャンパスで行われたシンポジウムに行ってきました。

http://atnd.org/event/E0013331/0/?tabId=1

文理融合の学問をいかに考えるか、みたいな話です。

小林康夫さん、開一夫さん、岡ノ谷一夫さん、池上高志さん、森田真生さんなど、

かなり豪華過ぎるメンバーが集まっていました!!!!

荒川修作の話とかも出てきていて、かなり話の内容も面白かったです。

小林康夫さんの話が結構興味深かったです。

「文系の研究は、プラトン的、イデア的な考えを持っている。

文学作品を統計で研究をすすめることはしない。

『ナツメソーセキ』というアーキテクトは人類の全てを語るのだ!!とうう前提から研究が始まる」

という話。

私が4年前、心理学を専攻して一年目に驚いたこととして、

1、心理学は科学だということ

2、文学を研究する心理学者は現在ほとんどいないということ

であった。その話と近いと思った。

学問は、私が知りたい事を何も知ることが出来ないという絶望から出発するのかもしれない、

と思った。

また、文学論や身体性というのは、なんでも語れたように見えて、実はなにも語れていない、というような話も

面白かった。

それから、「日本の学問は輸入学問」という言葉を、文系と理系では全く捉える感覚が違うという議論がめちゃくちゃ面白かった。

そのシンポジウムには、文系学者の方もいて、「いや、日本の学問が輸入学問と言えるわけがない」という人がいたんですね。

でも、理系学者は「どう捉えても輸入学問だ」と言い切る。

心理学は、どちらの代弁も出来ると思ったんですよね。

要するに、ものの分かり方、研究方法が輸入かいなか、という話なのかなと。

例えば、カウンセリング論であれば、「東洋的な、独特な考え方、例えば曼荼羅の考え方もアリだよね」

も通用する。

しかし、認知心理学の研究方法は、専ら輸入学問であり、

東洋的な独特な考え方で正当性を持たせることはできない。

その後、twitterで知り合った子と、そのシンポジウムに関する内容、

自分たちが今まで体得してきた研究の話などで、

とても面白い話ができました。

その学生は、生物学観点から社会システムを考えたい、という方で、

将来はシミュレーションという研究方法を用いて(進化心理学や認知科学で結構使われる研究方法)

研究を進めていきたいと考えている学生でした。

その学生との議論が面白くて面白くて、

結構白熱しましたww

例えば、社会心理学で「公正世界観」というものの概念を

そちらの領域ではどういう言葉を使うのか

に関しては、「互恵性んーたらこーたら理論」を使うんじゃないかとか、

やっぱり言葉の壁ってあるのかもしれないと思った。

私が学部生のときに関わっていた認知科学は、

流行りの学際的な学問で、

今後どのように理系と文系が融合して研究が進められていくのか、

とても興味が湧いてくる。

私の場合は、自分の問いを、理系の研究方法を借りて

答えを導き出していく、という道をいくのかなぁと思っています。

その後、NMPさんにお会いして、

その後、大好きなりんたそねーさんと超大盛りラーメンを食べてきました!!!!

めっちゃ美味しすぎてやばばかったです。

そんな感じです。
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