スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

刑法200条の立法目的と心理学

<尊属殺重罪と法の下の平等>
最高裁昭和48年4月4日大法廷判決

 実は,私が判例に関心を示したのはこの事件がきっかけでした。中立性と土着的な文化がどう折り合いをつけるのか,個人の幸せと風習や共同体の慣習はどう折り合いをつけるのかというのは心理学の観点から見てもとても興味深かったのです。
 刑法200条の立法目的に,自然的情愛ないし普遍的倫理の維持がありますが,尊属という観念が自然的情愛か否かを問われれば,様々な研究分野でそれは違うことは明らかになっているし,普遍的倫理と書いてあるけど,儒教文化が普遍的倫理であるはずが無いと私は思うんですね。
 いつもお世話になっている先生いわく,現在,六法にまだ刑法200条は記載されているが,それを用いて裁判に挑む人は,その人が弁護人であれ,原告であれ,検察官であれ,ほぼ勝てない,だから今では全く使われていないのだそうです。
 ここで更に興味深いことに,刑法200条の立法目的の認識と評価についての私の違憲が,どうやら当時の少数意見であったようです。多数意見は,先に述べた「尊属に対する敬愛や報恩という自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重」,少数意見は「封建的時代からの伝承にかかる家族制度の維持,強化」です。
また,旧家族制度の親子の権威服従関係を維持しようという意図が読み取れるとの意見や,裁判所には親による子の性的虐待という問題意識が欠落しているという意見もあったそうです。
 私は,儒教文化やイエ制度に関してジェンダーの観点,また共同体の資産の維持,相続の観点から調べていた時期があります。ゆえに,他の人がどうだかはわからないけれど,私は少数意見の方がしっくりくる。半分国策に近いものがあるように思っていたけれど,司法関係者という,正義を司る者が「愛」やら「自然」やらというキレイゴトにすり替えるとはどういう事なんだろうと(毒舌すみません)思うんですね。
 それから,旧家族制度や性的虐待に関する意見は,本当に的を射ていると思いました。


 被告人は中学二年のとき実父に姦淫され,以後10年以上夫婦同様の生活を強いられて数人の子まで産んだ。たまたま職場で正常な結婚の機会にめぐりあったが,実父はあくまでも被告人を支配下において醜行を継続しようと,10日余りにわたり脅迫虐待した。このため被告人は,このような忌まわしい境遇から逃れようと実父を絞殺し,自首した。
 刑法200条の尊属殺で起訴されたが,第一審は,同上を憲法14条1項違反とした上で,過剰防衛の成立・心神耗弱を認めて刑を免除した。しかし控訴審は,刑法200条を合憲とする最高裁判例に従って同上を適用し,刑法上許される最大限の減軽を加えて3年6月の実刑判決を下した。
 被告弁護人は,刑法200条の違憲を主張して上告した。最高裁は,控訴審の判決は憲法14条1項に違反して無効であるとして,破棄自判。
スポンサーサイト

Powered by FC2 Blog

FC2Ad


Copyright © ゆうかのおつむ All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。