スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

女から見た映画

みなさまこんにちは。
遊廓歴女の相沢祐香です。
遊廓歴女をやっているみなさまはご存知の通り,映画鑑賞は避けて通れませんよね。
そして私は超幸せなことに,映画を研究している先輩がいるので,色々お話をお伺いしていました。
ここで遊廓歴女として,映画についてのブログを書こうと思います。
んとー,遊廓歴女がまず手に取るのは,溝口健二作品だと思います。
エエ男だと思うと同時に,「まず奥さん愛せよwwww」って突っ込みたくなりますよねww
ってか溝口さんが田中絹代を愛しまくっていたという伝説が溝口さんの作品の芸術性を高めていたとするならば,じゃあ人間の幸せって何だよっていう。人生の深みって何だよっていう。女の幸せって何なんだろうっていう。
ほんで田中さんが「あの男はしょーもない,つまらん男」とか言っていたらしいんですわ。奥さんからしてみれば,「ウチの旦那のこと,そないな言葉で罵らんでもええやん」って話やんなぁ!!
そして調べるほどにますます溝口さんがベートーベンに似ているような気がしてくるんです。音楽家(溝口さんの場合映画監督)という職業の地位向上のために生きたりとか,「テレーゼのために」とかいうラブソング(溝口さんの場合西鶴一代女)作ってみたりとか←
はい,溝口さんにずっと言えなかった愛憎を一気に吐き出してみましたww

あとね,色々映画をみていくと,気付くことも多いんですよ。
例えば,私はこの映画監督の作品を愛していたんじゃなくて,
その映画を撮ったカメラマンの映像を愛していたんだ,とか。
京都の老舗,永楽屋と滝田洋二郎(相沢と地元が一緒)がコラボして
新しいビジネスと文化の融合が図られることを知ったり。
それから,園子温の作品と溝口さんの作品には共通点があると思うんですよ。
ティンパニの音を効果的に使うところ。
女のグレートマザー的な,般若的な何かのメタファーなんですかね。
私はずっと音楽が好きだったから,映画をみてもBGMや効果音に結構意識が行ったりするんですよね。

ふぅ。ちょっと休憩。

祇園囃子
遊廓歴女が一度は目にするであろう作品に,「祇園囃子」(溝口,1953)があると思うんですね。
原作は川口松太郎の小説。
これで憎いのはね,1934年に同じタイトルで映画を撮った清水宏っていう監督がいてね,
田中絹代と愛し合っていたらしいんですわ。
なんか,歴女としてはこう,なんつーか,言葉にならない,なんか,ね!!(何ww)
ほんで,正確には覚えていないんだけれども,若尾文子ねーさんが作品の中で
「伝説なんて嘘や!」って言うんですよ。
ずきゅぅぅぅぅんですわ。
心持ってかれますわ。
なんだろう,平安時代,おたふくがべっぴんさんだと言われていたじゃんね。
時代によってべっぴんさんの基準てめまぐるしく変わると思ってたんですよね。
でも,文子ねーさん,平成生まれの私が見てもべっぴんさんやと思った。
私の美的感覚に触れる美しさを持っていたことがびっくりだった。
昔の映画って,今とは違う美的基準で物事が動いているのかと思いきや,
美って普遍的一面もあるのかと思ってちょっと驚いた。
それから,今,相沢ちゃんは京都検定のためにお勉強を頑張っているのですが,
テキストから色々読み取れることがあるんですよね。
例えば,祇園の無言詣りという,無言でお参りをすれば願いが叶うというものがあるのですが,
この映画では舞妓さんがお参りをしながら「ええ旦那はんが見つかればええなぁ」とかなんとか
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋りっ放しなんですわww
旦那なんかおらんでも自立したいという気持ちがあらわれているのかなと思った。
よく覚えているなぁ私もww

祇園の姉妹
祇園の姉妹(溝口,1936)。この作品も溝口さんが撮った作品で,1時間くらいの結構短い映画。
この映画ね,自分と妹さんと重ね合わせちゃう部分が大きくて,
なんでここまで溝口さんは女を描けてるんけろうって思った。
最後のシーンなんか,「そんな弱った身体でまだそんな事言うとんのか!」と思う自分と
「なんで私の言葉を代弁してんのやろ,妹さん」っていう,なんかやるせない自分がいて
後味のあまりよろしくない感じになってしまった。
先述の先輩には「ってかぁ,溝口とかぁ,女描けてないからwwww」とかカッコつけて言ってはみたものの,
ホンマは,溝口さんが見ていた「女」というもののリアリティに身震いした。
溝口さんの女を描くインセンティブって何だったんだろう。
私もそれなりに上野千鶴子さんや中村うさぎさんの著書を読み,
いっちょまえに「女」の言葉をブログや自主ゼミで代弁してきたつもりだったけど,
女の言いたいことは変わらんのやなぁって思った。

赤線地帯
1956年の溝口さんの作品。遺作。
このときの文子ねーさんのべっぴんさんのもーなんだろうこの作品の話になると私は話がとまらなくなりますわw
まず,文子ねーさんの成り上がる姿を見て,わたしもこう強かに生きたいと思った。
それから,京マチ子の
「8頭身や」と神戸の言葉でミニスカ履いて腰振ってるシーンを見たときに,
トムクルーズの元奥さん,ニコール・キッドマン主演の「ムーランルージュ」を思いだしました。
ムーランルージュのBGMが素敵すぎて全身震えます。
元々赤線については地理学者の加藤政洋さんの著書を何冊か読んでいたので事前知識はありました。
なんだろうな,この作品を見た感想としては,
もっと汚い演出しろし,と思っちゃったんだよね。
遺作にイチャモンつける私ってホントに最低だと思うんだけど,
ちょっとこぎれいすぎないか?と思った。
私が超求めていた汚らしい演出,正直に書けばリアリティを描く作品としては,今村昌平監督の「楢山節考」を真っ先に挙げます。
あ,今村さんって,小津安二郎監督の「東京物語」のフォース助監督を務めた人ね。

夜の女たち
1948年の溝口さんの作品。主演は田中絹代。
田中絹代にこんな役やらすかよって思ったわ。
随所にグラナダのマリア(原節子に見えてしまいました)のメタファが出てくるんですね。
出産のシーンではシューベルトのアヴェ・マリアが流れるし,
最後のシーンではマリアのステンドグラスが写されるし。
光の女と闇の女のコントラスト。
守りたい人がいるのに,なんでこうなってしまうんやろか,というやるせなさみたいものを感じた。


ここからは,歴女とは関係が無いのですが,面白いと思った作品を挙げていきます。

雨月物語
1953年,溝口さんの作品。
この作品で私はパブリックドメインDVDという単語を知ったのですが,
紅しょうがの市場より小さいんだってね,映画業界って。
なんか,著作権を牛耳る法律って,こういうところが哀しいと思う。
とりあえずまぁ作品の感想に移ります。
原作は江戸時代の怪奇読本なのですが,
この映画の脚本は結構脱却されていて,怪奇モノって感じではなかった。
ここで遊廓歴女としてちょっと疑問に思うことがあって,
映画では,不倫はよくないみたいな演出がしてあるんだけど,
江戸時代の恋愛事情って,欧米的な貞操観念は無かったはずなので,
浮気したあとの旦那の罪悪感というのは,
原作にはなかったんじゃないかなぁというのが私のツッコミ。
この作品は演出がすごく幻想的で
ドビュッシーっぽい。
水と映像と幻想といえばドビュッシー。
雨月物語。
もう一回見たい。
何度も見たい。
やっぱり見たくない。
でも見たい。

お早う
1959年,小津安二郎監督の映画。
小津さんは本当に愛されている監督なので,私はさらっとしか感想は書きません。
まず,この映画に出てくる二男がめっちゃくっちゃカワイイ!!!!
かわいくてやばい。
ので,
一回見終わった後にもう一度始めから2倍速で見てて,
二男が出てくるシーンだけ通常速度で見よう,って思ってたら,
すごい構図の嵐なんですよね。
日本の建築って独特なものがあるじゃないですか。
梁があって柱があって,障子の格子があってふすまがあって,
奥の部屋があって畳があって,ちゃぶ台があって茶碗があって,
正座する人がいて。
その構図が2倍速でぐわああああああって視界に入ってくるワケですよ。
私が昨年,建築家の安藤忠雄さんの設計した建築物巡りをしていたときに
「安藤さんの見えている世界ってこんな感じなのかなぁ」と思ったように
その映像を見て,「小津さんの見えている世界ってこんな感じなのかなぁ」って思った。
スパーーーーーーーンって切る直線美みたいな。
私の感覚ね。
あとは,笠智衆さんの演技と杉村春子さんの演技のリアリティの有無のコントラストねww
これさ,今でもなんかすごい異次元に感じるww

以上,映画に関するブログでしたノシ
スポンサーサイト

Powered by FC2 Blog

FC2Ad


Copyright © ゆうかのおつむ All Rights Reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。