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雅楽と白拍子と巫女

 私は今回、youtubeで一通り日本の伝統音楽を聴き、舞を観た。そこで驚いたのは、雅楽の舞が、私が巫女のアルバイトをしていたときに舞っていた巫女舞の動きととてもよく似ていた事だ。具体的には、斜め45度で静止するあの身体性の神秘性がとてもよく似ていた。なぜだろうか。偶然だろうか。私はこの真相を知りたくなり、雅楽に注目することにした。
 まず、雅楽についての基本的情報をまとめる。雅楽とは、宮中や寺社で演奏される音楽の総称で、現在では宮内庁をはじめとして、奈良の春日大社や大阪の四天王寺などで伝承されています。なお、寺院で歌われる仏教音楽の声明は一つの独立した種目として分類し、雅楽には含めない。
 千数百年の伝統を持つ我が国最古の音楽である雅楽は、日本の伝統音楽に与えた影響も大きく、平安時代には≪越天楽≫の旋律をもとに、≪越天楽今様≫が、江戸時代には民謡≪黒田節≫が作られた。また、楽曲の構成法である序破急の考え方は日本の伝統音楽全体に見られる特徴となっている。
 さて。Youtubeで越天楽、越天楽今様、黒田節をそれぞれ聴いた。 越天楽は、正月に神社で流れていそうな誰もが聞いたことのある曲。 越天楽今様は、 越天楽に歌詞をつけたものである。黒田節は福岡市の民謡だが、メロディラインは越天楽とそんなに変わらない。
 ウィキペディア(に頼ってごめんなさいww)によれば、巫女が奉納する越天楽今様には有名なものに『浦安の舞』と『豊栄の舞』があるという。youtubeで確かめてみると、浦安の舞はみたこともないしメロディラインも知らない。 豊栄の舞をみると、私が舞った巫女舞と一致していた。しかし、違うのは衣装であった。
 私は巫女装束をまとい舞った。しかし、youtubeに挙がっている動画は刀と烏帽子をまとう女性が多かった。すなわち、白拍子である。
 私はフェミニズムや経済的相続制度観点から遊女や白拍子を調べていた時期があったので(これを書けば長い話になるので大きく割愛する)、白拍子が発祥する過程は、実に哀しい成り行きがあったことを知っている。哀しみを背負った舞を私は舞っていたのかと思うと、なんともいえない哀しみに思わず震える。
 なぜ私が舞っていた巫女舞が雅楽の舞に似ていたか。それは、巫女舞が雅楽から派生したからに他ならないからだ。
 あんなに哀しい白拍子が、なぜ現代では神の媒体者として舞われているのか。沖浦和光さんと野間宏さんの著書、『日本の聖と賎』を思い出す。
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