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心理学徒がナショナリズムについて問うてみる

最近、萱野教授が私の中でアツいです。

ちょうど一年前くらいに、萱野教授の講座を受けたのですが、

その後に宇宙人みたいな鬼才の学生に出会ったことで

萱野教授の存在がぽおおおんと記憶のかなたに消え去ってしまいまして。

「マジメな教授」くらいのイメージしかもっていなかったのですが、

最近よく名前を見かけるようになりまして、

(中野氏よろしくww)

ちょうど私が借りていた『<若者の現在>政治』という本に

執筆なさっていたので

読んでみることにしました。

内容としてはナショナリズムについて問うている内容なんですが、

心理学を大学で専攻する私として、

(そもそも愛国心もそうなんですけど)

ナショナリズムについて考えたことを公表することに、

少なからずの抵抗があるんですね。

理由として

1、心理学者は政治に基本疎いので、心理学徒はノンポリでいた方が平和(笑)

  中立以前に無知が最善ww

2、やはり私も心理学を専攻する身として、どんな身分の人間であっても、個々の人間、一人ひとりは、

  国の政策や思想により苦しむようなことがあってはならないという立場を取る

  (論壇者、学者、評論家でない限り、完全な左、完全な右、とはいかないだろう)

3、日々を心理学を勉強する時間に費やすので、政治面での自分の意見を語るまでの知識的リソース、

  情報的リソースが圧倒的に足りない

の3点が挙げられます。

だからかなり慎重に書きますね。

それから、たぶん変なことも書くかも知れませんけど、

そこは愛嬌ってことでね♪


さて。

萱野さんは左翼であり、ナショナリストなんだそうですな。

私の第一印象、あ、そういう立場を取ってもいいんだ、ってちょっと安心した。

あの本は全体的に、ネトウヨとかネトサヨとか、

若者は思想を語るときに、本来の議論とはかけ離れたところで居場所を作って安心しているみたいな

他者を叩くことで安心しているみたいな

そういう表面的で単純な図式で成立しているらしいのね。

だから、私がどれだけ政治を考えようが、

ぶっちゃけ若者のお祭り騒ぎには参加したくないww

デモとかそーいう若者の承認の場みたいな生ぬるいとこで思考停止したくないというか。

心理学徒がこんな偉そうでいいのか・・・?ww

怖いぞww

それから、萱野さんは、格差問題の背後にある労働市場のグローバル化について言及していたけれど

就職活動をしたことのある近頃の学生にとってそれは定説で、

そのうえで自分はどう動かねばならないか、というところまで考えなきゃいけないわけで。


アーネスト・ゲルナーはナショナリズムをこう定義しています。

「ナショナリズムとは、第一義的には、政治的な単位と

民族的な単位とが一致しなければならないと主張する一つの政治的原理である」



中曽根元首相が何か変な事ぼやいていましたけれど、

日本は単一民族国家ではない。

それでも、政治的単位と民族的単位が一致することで何かいいことがあるって考える人がいるから、

(財産相続、確保の意味で私もそう考える)

日本にもナショナリズム論が飛び交っているわけですよね。

間違ってたらごめんなさいね。



世界の格差の前に、政府は国内の格差についての問題解決に目を向けるべきじゃん?という考え方は、

国内の財産相続の考え方からくるのだと、私は思うのね。

(政治を勉強してる学生がどこまで自分の意見を公表しているのか、その尺度を何一つ知らないので、

 ここまでド素人の私がツラツラ書くの怖いんだけどww全部独学だし)

それから、私は主観的にルサンチマンで、格差についてはご立腹ですww

現在の日本社会の構造が保守的に固まってしまうと、ちょっと怖いですね。

年金問題をはじめとする、様々な政策の管理能力がここまで低いとか

信頼おけねーじゃんみたいな。

銀行が必死で信頼を商品として頑張って経営してるのに

政府は、国民の「政治的無関心」にあぐらをかいてるようにしか思えない。

まぁ国民も国民だよ。

中野氏のニコ動のコメントとかさぁ、

「ワロタ」「wwwwwww」「大島優子(キリッ」とかとりあえず同調しとけばぉkとかマジで思ってるワケ?

まぁ、中野氏をイケメンだの何だの言ってる私も変わりませんがねww



私が(もう主観的に書くけど)日本を愛して、日本人として能動的に生活したいと思ったのは、

政府を始めとする文明に自分の帰属意識、アイデンティティを置いたわけじゃなくて、

文化に置いたからですよ。

その、いち日本人である私の愛国心にあぐらをかいて

日本銀行は何をしでかしてるんですか。

政府は何をしてるんでしょーか。

私は、巷の若者のユートピア帝国でムラムラしてれば幸せだとは思ってませんからw

ここですね、萱野さんと私が違う立場を取るのは。

萱野さんのいうナショナリズムが、「日本人」というアイデンティティのシェーマを活性化させることにまで

言及はしないということ。

私は若者当事者で、自己承認の方法として、ナショナリズムを、

「日本人」というアイデンティティのシェーマを活性化させることにまで言及はする。

しかしそれにより他者を排除しない。

自己のアイデンティティを確立させた上で、他者のアイデンティティを理解し承認する、

という形を取りたい。

いわば、私のナショナリズムは、エリクソンの発達心理学でいうところの「自己同一性」を

確立させるための手段として用いている部分があるかもしれない

(これ書くと危ないですかねwwわっかんないわーどこまで書いていいんだろうね)。



そもそもの話なんですけど、私に政治を教えてくださった先輩が右寄りで、

それもあって私は小林よしのりの天皇論から政治の道を模索し始めたんですね。

で、日本の心療内科では家族制度のしがらみで苦しんでいるクライアントさんが多いらしいんだけど

家族制度ってのは天皇論とも繋がっている日本の特殊な政治的(化石的)政策で

わけのわからん家庭の歪みとか子どもの叫びとかが

どうやら少なからず国家と結びついている事に気付いて、

本当は心理学徒はノンポリが正しいんだろうけれど、

知っておいた方がいい知識とかもあるんだろうなと思って

でもそういう事言っちゃいけないのかなとか思って普段は言わないけどさ。

私は臨床心理学は疎いけど、

カウンセリングマインドとして日本は依然として「聴くこと」の重要性ばかりを謳うけど、

青少年は社会構造を知った方がスルっと心の問題が解決できることも多いんじゃないかなぁと思うんだよね。

どうなんだろー。



話を戻しますけど、反ナショナリズムを掲げる左翼やリベラル知識人たちは、

政治よりも道徳を上に置く傾向があるみたいだ。

ナショナリズムという絶対的な悪(とされるもの)からいかに身を引き離し、

自らの立場を清廉潔白にするかが最大のテーマとなるらしい。

・・・笑っていいかなぁwwwww

論壇クラスタも、自称意識の高い学生クラスタも変わんねーって思った。

私が自称意識の高い学生クラスタにいたときは、

やっぱシンプルでわかりやすい持論を持った学生に票がついた。

・アフリカの子どもたちに夢を!!

・恵まれない国に学校を!!

とかね。

学生はいいけどさー、

いい大人がさー、何、学生と同じことしてんの?って思っちゃう。



心理学徒がナショナリズムを問うことについて、

いささか抵抗があったし

色々反論もあるだろうとは思うし

心理学者を味方につけることもできなくて孤独だけれど

失敗できるのは学生のうちだし

若者当事者として言いたいこともあったから問うてみた。
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