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ケルト民族の話

河合隼雄さんの

『ケルト巡り』

読みまんた♪

おもぴろかた\(^o^)/

思ったことをつらつら書いていきまふ。

・「物語を共有した人たちがひとつの部族を作ろう、ということになり、様々な形態の集団ができた」とのことだが、これは物語を中心として、つまりセカイの理解の方法を他者と共有して、学閥や共同社会を作る事と似ている。だったら学問の串刺しをしてものを書く物書きは、包括閉鎖社会ではなく、スナフキンのような脱包括的な生きざまを象徴しているのではないか。

・「英雄は魔女を倒さねばならず、また魔女もあらゆる魔法を使って英雄を倒そうとする」アイルランドの物語。何を暗示しているのだろう。倒す、という魔女の行為は、英雄に対する不器用な愛の方法だったりして。滅亡や破壊としてしか愛し方を知らない、とか。シバ神?

・ホイジンハー、カイヨワ、河合の話をつきつめると、儀式、仕事、遊びというのは全て繋がると。私の遊びは何だったかしらと思い出すと、男狩りである。倫理性や合法性という男性社会から見れば境界線に触れそうな遊びであるが、文化人類学や民族学からの観点でいくと、太古と変わらない遊びをしていることに気付き、妙に納得。

・「現代の日本社会は男性の理論と女性の理論が矛盾している」との事だが、戦うほどの事でもないかと。さっきの話の続きで言えば、魔女は英雄と戦う事を辞め、英雄(社会上層部、男性社会)の施した科学セカイを学ぶことによって魔女は英雄に媚びることを可能にし、自身の社会的地位をあげる!ってこれ私の事かww

・「説明不可能とは言い換えれば自然ということになる」
自然=何も決まっていない
不自然=何かが決まった
=法則???
不自然は美しいかぉ?
不自然に美的意識は感じるかぉ?
人間は決まる事や分けることに快感を感じるが、じゃあ自然が不自然になることが人間の快感の一つってことかぉ?
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