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ネオリベの自己責任と共同体のお話

まだ体調が戻っておりませんで、本当は出来るだけ脳を休ませないといけなくて

「私」は自分の脳を気遣って、中村うさぎの本を読みたいのにその時間を割いて睡眠時間にあてているのですが

なんせ多分脳は躁、気分は鬱の分裂状態なんですね。

眠りは浅いし何度も目は覚めるしずっとアメリカ映画みたいな夢を見るし

「己」の脳は「私」の気配りを何だと思ってるんだと怒りを覚えるのですが

まぁ、こういう脳で生まれたからには

受け入れるしかないのです。

稀に「私」が所持する脳は稀に「私」の意思とは全く別のところで天才的な能力を発揮するので

まぁ苦しい事は多いがそこが憎めないというか可愛らしいというか、

誰にもわかってくれなさそうな私の体験談です♪

とりままだ「己」の脳はジャミジャミ言ってますが

ちょっと思考が止まらないので

ツラツラ書こうと思います。

私は自分と他者の間に明確な線引きが無いと不安になってしまうのです。

多分自我が確立されていないんでしょうね。

だから、最近、大地震とか原発問題の事もあってか

西も東も東海も学者クラスタはこぞって

ソーシャルキャピタルやら共同体やら包括社会やらで大盛り上がりなんですね。

私にとって、そんな恐ろしい社会は正直生きづらいです。

私は、ゆとり(教育失敗)+ネオリベ的自己責任(小泉&竹中)社会で育ったので

あぁ社会には頼れないから自分で自分を守るのね、と解釈したので

姑息っちゃあ姑息なんですが

自己責任社会が一番ラクなんですよね。

今更共同体とか言われても困る。

この前、都会生まれの都会育ちの都会の大学に通う学生からイナカの共同体論を教えていただいたのですが(とある学者の受け売りらしい)、それを聞いた私はかなり恐怖を覚えたのですよね。

そんなんでわかったような顔をされるのは困る。

都会の学者様がサラッと言うことが社会の常識になるならば、やはり私は今後の社会は恐ろしいと思う。

限界集落にフィールドワークじゃなくて実際に住めよ、とツッコみたくなる。

あああ、あたしは何が言いたいのかわからなくなってかた。

とりあえずですね

心理学の授業でよく「自我」とか「自我発達」という言葉が出てくるのですが、

「自我」は「社会」があってはじめて構築されるという説があるらしいんですわ。

アノミー状態だと自我は発達されないとのこと。

私は社会は構築されずとも自我は構築されると思っていたから

ちょっと驚きなんですね。

そんなんさ、共同体とか言われたらさ、

新しいイエ制度みたいじゃん!

イナカの人間をイナカに縛り付けるみたいなさ、

自分の人生を自分の意思で開拓出来ないじゃん!

イナカの仕事って何があると思う?学者さん。


現代社会人の欲望である承認欲求と自己顕示欲はイナカでどうやって満たされると思う?学者さん。


ってか話戻すけどこれだけ「我思う故に我あり」が否定されている社会だから私の考えも古いんだろうなぁとは思うけど

私みたいに自我な不安定な人で共同体に対して恐怖を覚える若い子は少なくないんじゃないかなぁと思うのだ。
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