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限定的シュルレアリスム

私は高校生のとき、受験勉強は一秒もしていなかった。

自分が高校生である今、世の中の森羅万象に触れ、何を思うか何を考えるか、それを詩として残さなきゃいけないって思ってた。

人はいつ死ぬかわからないのだから、自分が生きた証を残さねばって思ってた。

だから模試の時間は詩を書く時間にあててたし、授業中はトイレで読書しながら社会を見据えていた。

ヘンな奴でした(笑)

人は多分、大人になるときにいくらかの子どものときの思考方法を忘れていくものだと思う。

私は宮沢けんじは嫌いだけど、彼の書いた物語にそういうものがあったと記憶している。

人は一度瀕死になって、大人になる。

私はもうあの頃の自分の代弁者にはなれないし、

あの頃の自分はもうこの世にいないと思ってる。

だから、あの頃に書いた膨大な詩は、あの頃の私の遺書のようなものだと思っている。

あれはきっと、発達という意味で、限定的なシュルレアリスムなんじゃないかなと思うのだ。
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