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ラファエロ展

こんにちは。

最近引っ越し等で忙しすぎる相沢です。

今日は久しぶりにパソコンに迎える時間が出来たので、

ラファエロ展について書こうと思います。

ラファエロ展には、3月8日に行ってきました。

ラファエロは、1483年4月6日に生まれ,1520年4月6日に亡くなっている。

そう、誕生日と没日が同じなんですね。更に、私の誕生日とも同じなんですね。

彼は、ルネサンスを代表するイタリアの画家です。良い時期に、良い国で生まれましたよね。

彼の作品は、ヴァチカン宮殿に多く残されているそうです。

ヴァチカン宮殿、、、村上たか(ry

さて,今回の企画展を簡単に言うと以下のようになります。

企画展ではあくまで「聖母子を描くラファエロ」という側面でしか演出しておらず、

「アテネの学堂を描くラファエロ」という側面が剥ぎ落されていた。

つまり、企画展というのは画家の全体像を見る事は不可能。

アテネの学堂が好きすぎる私にとって、アテネの学堂を見れないとかね、マジなんなのwwって思っちゃいますね。

まぁそれはいいとして、ラファエロの話にうつりましょう。

ラファエロと同じく、ルネサンスの時代に、イタリアで活躍した画家にピントリッキオがいます。

ピントリッキオの宗教画は、ラファエロの作品とよく似ていて、やわらかーい感じです。

ピントリッキオの作品、『幼児洗礼者ヨハネと聖母子』(1500-1501)が展示されていました。

この作品は、聖母子と幼児は同じ方向を見ています。

しかし、ラファエロの『大公の聖母』(1505‐1506)の聖母子と幼児は、同じ方向をみていません。

なぜでしょう。

私は知りません笑

ただ,この視線に関する研究はいくつかあるみたいです。

もっとキリストの勉強せねばならぬなぁ。

さて。

フィレンツェにおけるラファエロは、

主に上流貴族の注文による肖像画と聖母子像の作品が多かったそうです。

なぜラファエロは聖母子像にこだわっていたんですかね。

それから、ラファエロは、ダビンチの作品をよく研究していたそうです。

美術がわかる人は、ラファエロの作品をみながら、「あぁ、ここはダビンチっぽい描き方だな」とかがわかるらしく、企画展にも色々と説明が書かれてありましたが、

残念ながら私にはわかりませんでしたww

私がこの企画展を見た全体的な感想として、

ラファエロは、象徴的な小物(十字架のネックレスなど)をよく描いているように思いました。

また、ラファエロの初期の作品の特徴として、細かい刺繍などの精密な描写が多かったそうです。

ということは、後期の作品になっていくほど、

象徴的な小物は抽象化していく。

私の予想だと、

暗示に対する鑑賞者の想像の幅を拡げた、

と見ることも可能でしょう。



このブログは、自分で書いたメモを見ながらかいているのですが、

マルカントニオ・ライ モンデイの『三美神にプシュケを示すアモール』という作品について

「エロさが無い」ってメモってるんですよね。

ぶっちゃけどーでもいーですよねww

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『最後の晩餐』の壺が気になる

国立西洋美術館の企画展のラファエロは、私の知識不足でよくわからなかったけれど、

常設展はめちゃくちゃ面白かった。

フランソワ・ミレー『春(ダフニスとクロエ)』
わかりやすい象徴がいくつもある作品

モネ『黄色いアイリス』
補色がとってもキレイ!!
私は、ゴッホの描くアイリスはいくつも見てきたが、モネの描くアイリスは初めて観た。
荒々しいタッチで描く理由がわからない。

モネ『舟遊び』
こんな有名な作品に出会えるなんてええええええええ!!!!
舟の構図(途中でブツ切りする)は、日本の浮世絵を参考にしたものらしい。

モネ『柳』
モネの作品なの?ってくらいに暗い。でも下の水の描写は確かにモネっぽい。

カロリュス・デュラン『母と子』
白いバラはパパ?だとしたら、パパ、散ってるよwwパパ不在の心理だよwwww

オーギュスト・ロダン『永遠の青春』
アモールとプシュケーみたい。

マールテン・ド・フォス『最後の晩餐』
壺が気になる

パニーニ『古代建築と彫刻のカプリッチョ』
哲学者デイオケネスが彫像相手に物乞いしている絵。
おもしろすぎるww絵を見ながらセリフを考えてみたり。

藤田嗣治『坐る女』
てかさー、藤田嗣治の作品に出会えるとかさーマジで幸せすぎるんだってば。

それと、作品の名前はメモしてないからわからないけれど、ピカソの作品で、1965年と1969年では、全然描き方が違うのね。この間に、彼の中で何があったのだろう。

グレン・グールドと音響メディア

4日に、社会学を専攻する学生とごはん食べてきました。
はじめましてだし、ツイッターで私が声かけただけだし、どうしよう、話続くかなーって不安だったけれど、
フツーに話が進んでいって、安心しました★

私は、社会学という学問の枠組みがよくわからないでいた。
そこで、「社会学」ってそもそも何?と聞いてみた。すると、
「自明をまず疑うことが社会学のメソッド、発想ですよ」と返答してくれた。
さらっと言えてしまうところが、すごいと思った。

それから、先日会った、な、なななななんぱ師(笑)がこれまた社会学を院で研究しているらしく、社会学で神を研究するみたいなことを言っていたようないなかったようなそんな感じだったので、何かを信じるとはどういうことかきいてみることにした。

人は何かを信じている。私だったら、何か動けば自分の人生の価値がプラスアルファされる。よりよい人生の価値が付加される。
ほかにも、自己啓発とか、より稼ぐとか、等身大のラブソングを歌うことが一番の幸せであるとか、より空気を読み人間関係を観察分析して何者かになるとか、学歴や権威とか、勝ち組負け組とか、国際援助とか、エコな生活を勤しむとか、無欲に生きるとか、ホントに人それぞれだと思うんですよ。何かを信じて行動や努力するって。
でも、それって気付けてないこともあるんですよね。いくら自己分析が趣味ですみたいな人でも、認知したくないものはムシ、とかね。ホントに無意識、当たり前すぎることだから言語化したこともないとかね。
そういうものはどうやって意識化して、言語化するんだろう、その過程はどう説明されるんだろうってね。
これを考える前に、ではなぜその行動を実行したのか。私の場合、人に会いに行くとか。その理由を考えてみようと。

マックス・ウェーバーは、社会的動物の行為の動機を説いたらしい。なぜそのようにしたか。
エミール・デュルケムは、社会的事実を考えた。
あるいは、言っている主体に着目する。どの概念を利用して、誰が誰に何のために呼びかけたか。

また、音楽の話でも盛り上がった。私は、よくわかんないけど音楽社会学も権力も研究していたらしいアドルノを「脳内超イケメン男」ぐらいにしか認識していなかったけれど、
どうやらそうでもないらしい。
アドルノ・ベンヤミンは音響メディアを、「何かが失われてしまった」と否定した。
しかし、グレン・グールドは、音響メディアに可能性を見出した。

→相沢が考えるに、グレン・グールドの場合、可能性を見出したというか、彼が追究する「音」を抽出するには、音響メディアはちょうどよかっただけだったのかもしれん。

ラフマニノフのピアノコンチェルト第2番が面白い。
バックのオーケストラはゆったりとしたメロディ、つまり、大きな川を遠くから見る情景を表現している。
ピアノは激しいメロディ。大きな川を近くから見る情景。

さて。最後に、「合理性」について話を進めた。
私は社会学を全くと言っていいほど勉強していないので、TVとかで社会学者(タレント学者?)が何か社会問題をコメントすると「いや、そこは経済的に考えると合理的なんだから、企業は改善しようと思わないでしょ」と突っ込んでしまうので、社会学ってなんだろう、合理性ってなんだろう、というのは以前から引っかかっていた。なので、きいてみるいことにした。

ハーバーマスは、2種類の合理性を説いた。
1、システムの合理性
2、生活世界の合理性→理性的な対話。時間をかけてじっくり話し合って答えを求めようとする姿勢

現在、後者が縮小しつつある
「話す」という形はなくなっていないけれど、あり方はのっとられている。
形式的な会話だけになっていないか?
→生活世界の植民地化

もっと私は外交や法律を勉強する

 3月2日、中野剛志さんの話を聞きに行く前に、とある司法関係者の方とごはんに連れてっていただきました。
 和食が食べたいとの私の要望を聞いてくださり、超豪華懐石料理に連れてっていただきました。
 そこで聞いたお話をまとめました。

・ヘンリー・キッシンジャーは、米中国交回復を成し、ベトナム戦争の後始末をした人。
・日本の法律は、民法はフランスの影響が強く、刑法はドイツの影響が強い。訴訟法と商法はアメリカ。各国の寄せ集めのため、矛盾が出てきてしまう。
・明治時代、日本ははじめ、フランスに行った。しかし、フランスの市民の自由なやり方では日本国民を統制できない、中央集権でやるべきだと判断し、ドイツのプロイセンを採用した
・戦後、吉田茂の判断は正しかった。当時、全面講和(共産陣営とも国交を回復させる)と単独陣営(西とのみ国交を回復させる)、日本はどちらの舵を切るかの判断を迫られていた。吉田茂は後者を採用した。もし全面講和を採用させていたならば、冷戦時代、日本で代理戦争が行われていたかもしれないと考えられる。
→しかし、中野剛志の講演のあとに一緒にごはんに行った友達は、「あの判断には疑問が残る」と言っていた。どう考えるかは人それぞれだと思った。
・日本が始めに導入しようとしたものは、ナポレオン法典である。ナポレオン法典の特徴として、合理性、個人主義が挙げられる。
・法律の特徴にはお国柄が出るらしい。例えばドイツ。ドイツは、農地としては不向き。従って忍耐と努力で農耕を進めていった。すると、いつのまにか生真面目な人だけが残り、「正義」を考えるようになっていったらしい。
・国家とクニは別物。前者は統治機構、後者は文化・風土・伝統。

 本当にありがとうございました!!!!

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