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下手な男とマン徹しましたーみたいな会田誠展

本日東京に着きました。

今日から怒涛の1週間が始まりまする。

まず、東京音楽大学(観光)に行ってきました。

途中に鬼子母神法明寺があり、そこで映画の撮影が行われていた!!

そのあと、超絶に憧れている梅ラボさんのアートに出逢いたくて、

ギャラリーCASHIに行ったのですが、閉まってた泣

梅ラボさんのアートに出会えない人生なんて、考えられません!!

その後、六本木にある森美術館で今開催されている、

会田誠展に行ってきました。

会田誠展に関しては最後に書きます。

そのあと、斎藤上太郎さんのお店に行ってきました。

http://www.jotaro.net/

着物のお店なのですが、色彩やデザインが斬新で、

ずっと憧れていたお店で、ずっと行きたくて、

やっと念願の願いが叶ったという感じです!!

しかも、30分くらいイケメン店員と着物の染めについて

話を聞くと言う贅沢なこともしてきました★☆

そのあと、友人のちょむこちゃんと、

ごっついラーメン食べてきて、

今に至る、という感じですね。

ちょむこちゃんいつもありがとう!!

大型犬とぶすっとした猫の組み合わせって感じ♪

さて。

ネタバレの会田誠展について書きませう。

下手な男とマン徹しましたーみたいな感覚でした。

艶かしさが無くて、ズボラなセックスって感じ。

でもなんかもの足りないと感じたのは、

全体的に会田誠のオナニーアートで埋め尽くされていたからなのではないかと思われ。

お気に入りの作品をツラツラ挙げていきます。

2003/2012 「高すぎる日の丸」
なんかわろた。でもどう解釈すべきかわからんかったw

2012 「モニュメント・ナッシングIV」
色んな人がツイートしている内容をコラージュしている作品なのだが、
赤木智弘、あずまん、孫正義、池田信夫、渡邊芳之、津田大介など、
かなりの著名人のツイートが貼られていて、
発見する度ウケた。

2012 「考えない人」
人間は、人糞製造機でもあり、また生物地球化学的循環の一部でもある、と。
知らんけど。

2008 「日本語」
爆笑しながら見ていた作品。
最初、なんだろう、と思いながら見てたのね。でもね、やばすぎ。
最後の方の「わろた」とか、すんごいキレイな字で書いてあるのね、
2ちゃんのスレッドをよく頑張ってこうしたものかとwwww

正式名忘れたけど、ビンラディンと名乗る男のビデオ
この作品、一番好きかもww
もう爆笑しまくり。パロディもいいとこ。
あれDVDにしたら売れそうだよねww

「いかにすれば世界で最も~」
会田誠さん、字、うまい

1997 「青磁器」
いつか誰かやるだろうと私が思っていた作品を、会田さんがやってくれました。

あと、ピンクの部屋、すんごい気に入ってた。

今夜も終わらないぜええええ!
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人生における劇場の背景と登場人物

久しぶりにブログでも書こうかと。

私は、自分の今いる物理的共同体に対して、享受出来なかったとずっといい続けてきた。このブログでも。

この共同体では自分の実存は死ぬしかない。生存し続ける方法は何一つみあたらなかった。

そこでは政治哲学の共同体に関する(例えばコミュニタリアンとか)学説は多様であり、優劣は無いというクラスタがある。

発達心理学では、こういう他者との関係性が一番上級レベル発達なんだという記号があって、それ以外の関係の種類は全て未発達だという考え方がある。

私はその発達心理学の理論が鼻くそにしか思えなくて、臨床心理学を勉強することを辞めた。

しかし、物理的共同体に染まる事を軽蔑するのと、その共同体の中にいる人を軽蔑するのは別だ。

人生という劇場で、背景が京都か岐阜かにすごくこだわる私。でも、自分が関わる他者に関しては、こだわらなくてもよかったのではないかと最近思うのだ。

心理学部生の憂鬱

さてみなさまこんにちは。

今日は心理学部生という立場から、憂鬱な日々をご紹介したいと思います。

1、2年の心理学部生には、「私は心理学を学んでいる!」と自信満々に他者の思考に介入してくる人がとても多いです。

言っちゃ悪いですけど、土足で上がられるような感覚ですね。

極小スキーマの傲慢土足ちゃんと呼びたいくらい(笑)

まぁそれで他者の思考をわかったような気になってる輩を見ると

心理学の功罪みたいなものを感じるわけですよね。

よくあんなことをのうのうとできるよなぁ、と。

「あなたの思考はこうなんでしょう」とわかりきったように言われ、勘違いされてもなぁ。。。

まぁ、この共同体で今後も生きていこうなど微塵も思っとらんので、他者からの認識の変容にエネルギーを注ごうとも思っていないので、勝手に様々な噂が広がっていればいいですね。

私は次なる共同体で生きていくために別のところにエネルギーを注いでいるわけで。知り合いによる居場所確保の方法論にいちいち私の人生邪魔されたく無いっス。

話それましたね。

しかし、実は自分もそういう事をしてしまった過去があります。

大切な人が苦しそうにしていると、なんかアドバイスして苦しみを軽減させてあげたい!という

死ねばいいような偽善にかられて、やってしまったんですよね。

そしたら、当たり前の話なんだけど

「君に理解してほしいと思っていない、君に理解したと思われたくない」

と言われてしまったんですね。

そりゃそうですよね。

私にもあります。

今自分が抱えている問題で、解決しようと思っていないものなんか山ほどあります。

そういう事なんですね。

人間観察が趣味って芸能人のブログのプロフィールによく書いてありますけど、たぶん役作りの学習背景ってそんなモンの程度なのかもしれませんね。

生活保護の減額について

みなさまこんばんは。

ひっっっさしぶりに時事に関するブログを書きます。

先月の27日、政府は生活保護費のうち月々の日常生活費に相当する「生活扶助」の基準額について、13年度から3年間で670億円減らす方針を決めた。
ここで私はこの決定を、「人権」という観点から考えたい。と言えども、私は人権という言葉の概念をよく理解していない。
元来、人権というものは市民革命の前夜に、それを正当化するべく作られたものである。欧米では、人権という概念が確立された歴史的背景がある。従って、彼らは権利には責任が伴う事も承知している。
しかし日本は、その様なプロセス抜きで、敗戦後に米国から概念のみを輸入した、従って、私のような人権というものの概念をいまいち感覚として把握できなかったり、責任を棚に上げて、憲法25条で保障されている文化的最低限の生活を声高らかに表明する者が現れる。
私は、そのような人と直接話した事が無いので肯定も否定もできない。しかし、公共の福祉という考え方があるのだから、生活保護受給者と納税者の、互いの権利のバランスを図る事が必要ではないかと私は考えている。
また、経済面ではデフレとの関連も視点として挙げる事ができる。つまり、デフレで物価が下がる中で、生活保護費が変わらないというのは、デフレによって買えるものの量が増えて得をしているという考え方である。
もしそうならば、今後国内のインフレ率が上昇した場合、どの様に生活保護費の見直しがなされるのか、追って見ていきたい。
最後に私は、心理学徒として、心理学観点からこの問題を捉えたい。これは私の憶測でしかないが、生活保護受給者の苦しみは、「現実的な経済的困窮の苦しみ」と、それに付随する「感情の苦しみ」に分けられると考えている。従って、受給者は一度、自分の生活を客観的に見つめ、どの苦しみは具体的にどう解決に導いていくか、どの苦しみに対しては誰から情報を得るか等を明確にすると苦しみも軽減するのではないかと考えている。

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