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二重の基準論から考える、これからの日本の人権のあり方

 今回のブログでは、相反する権利をどの様にすり寄せるか、に関する内容を、二重の基準論を用いて記述したい。
 先日総選挙があった。この総選挙の結果に対して「衆愚による民主政治」「民度の低い国民の投票権如何」のようなコメントがインターネットの某掲示板で盛り上がっていた。衆愚に包括される私にとって「うわあああやめてくれえええ」という内容であったが、よく考えれば、国民の参政権と政府の実現していきたい政策と、建前上は一致するようになっているはずだがそんなにきれいに世の中回らない。従って、どのようにその二つの領域は譲歩し合うのか、私にとって関心があった。

 二重の基準論とは、人権を規制する法律の違憲審査に際して、経済的自由の規制立法に関して適用される合理性の基準は緩やかに、精神的自由の規制立法に関して適用される合理性の基準は厳しく審査することである。
ちなみに違憲審査基準とは、法令が憲法に適合しているかを裁判所が審査する際に用いる基準のことである。
 二重の基準の問題点として、1)精神的自由でも経済的自由でもない人権(生存権等)は、どちらの基準を適用するのか、2)同じ種類の人権でも、具体的状況の違いによって異なった基準が適用されないか、3)人権の価値序列を認めるか、がある。
 論点としては、この基準の根拠は何か、ということである。これには、機能論的アプローチと価値論的アプローチがある。
 機能論的アプローチは、議会と裁判所の制度的・機能的権限分配を重視して、裁判所が議会の民主的判断を尊重すべきことが前提とされる。経済的自由に関する不当な立法は、民主政の過程による是正に期待して、裁判所は積極的な介入を控えるべきものであるのに対し、精神的自由に関する不当な立法は、民主政の過程自体が損なわれるため、裁判所は積極的な介入を行うことが必要である。
一方価値的アプローチでは、経済的自由は社会的拘束性を負い、法律による後半な規律を受ける。精神的自由は、人格との密接な関連や、社会的価値の重要性を持つ。従って、精神的自由自体に、優越的地位の根拠を求められる。

 次に、日本の二重の基準論とアメリカのそれとの比較を検討してみる。それにはまず、アメリカ、ドイツ、そして日本の二重の基準論の歴史的背景を追うことにする。
 アメリカでは、ニューディール政策以降の司法消極主義に対応するために、つまり司法が積極的に判断する分野を創るために、機能的な議論(裁判所と議会の役割分担)が出てきたのに対し、ドイツではもともと私法消極主義の考え方がなかったので、機能的な議論は出てこずに、権利侵害が大きければそれを正当化する政府利益は大きくなければならないという比例原則の考え方が出てきた。
 そもそも二重の基準論は、元々アメリカ合衆国の1938年の判例で確立した理論だが、その内容は、1)精神活動の自由の規制は厳しい基準によって合憲性を審査する、2)経済活動の自由の規制は立法府の裁量を尊重して緩やかな基準で合憲性を審査する、である。
 日本の場合、アメリカ型の解釈とドイツ型の解釈が混在しているのだそうだ。つまり、戦前はドイツを中心とした大陸法の、そして今では、アメリカからの影響を受けている。大陸法系から英米法へと大きく梶を切った日本の司法界は、その混乱はいまだに続いているそうだ。
 日本の場合、敗戦を契機にアメリカの指導によって憲法が制定され、現代型の社会権を含む人権宣言が作られたわけだが、その結果、明治憲法時代からの自由権と新しく導入した社会権という二つの性質の相反する権利を実現していかなければならないという難しい課題を背負ったのだそうだ。
 ちなみに、司法消極主義とは、司法府は、立法府及び行政府の措置をできるだけ尊重し、その措置が違憲無効であることが極めて明白な場合に限って、その措置の違憲無効を宣言するという立場である。
 比例原則とは、達成されるべき目的とそのために取られる手段(処置)との間に合理的な比例関係が存在することを要請する原則を言う。同原則の元では、わずかな不正に対し、不相当に過酷な処分をすることは違法となる。国内における比例原則の根拠については、①憲法13条説、②行政上の法の一般原則説、③行政条理法上の原則説が挙げられる。

 以上の情報から考えられることに、これまでの日本は、様々な国から法律に関する考え方や知識を元に創り上げてこればよかった。しかし、大陸法から英米法に転換するという、日本独自の法史を築き上げてきた。従って、基本的人権を考える上で今後は日本独自の法律に対する考え方を構築していくべきだと考えられる。
 私が調べた限りでは、二重の基準論が具体的に日本でどのような独自の考え方が展開されているかまではわからなかったので、今後、調べていきたい。
 また、この領域に関して知識ゼロから書き進めたので、間違った解釈や抜けている部分が多々あるかもしれないがご容赦願いたい。今後、様々な文献を読み進めながら、人権や憲法に関する知識を自分の中で形作っていきたい。
 最後に、私に法律を考えるヒントを与えてくれた友人に感謝したい。
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法哲学と心理学の橋渡し

みなさまお久しぶりです。

最近はなんでか知らんけど忙しすぎてやばかったです。。。

履歴書→保険業界と金融商品に関するレポート作成→面接の練習

卒論→質問紙作成→調査実施→それの解析

判例→教授と議論(いつもお世話になってます!)

京都検定(お寺の章が終わって今は祭りの章に移りましたw)

講義(アホなんで死ぬほど単位残っとりますw)


ま、一段落ついたんで日記でも書こうかしらと。

法と心理学会でめっちゃ面白い研究があって、いつか書きたいと思ってた研究についてカキカキしたいと思います。

私はずっと、法哲学と心理学の橋渡しのような研究がないかなーって探していて、

で、被験者にトロッコ論争をしてもらってるときにfMRIで被験者の脳を測るという、めちゃ新しい研究は知ってたんだけど(これもめーっちゃ面白いです!)、

その他にも研究方法があることを知った。

まず驚く事に、

よく研究方法を考え付くよなーって事。

ポスター発表だったんだけど、発表者の院生の方に

「どのように研究方法を考えたんですか?先行研究とか…」と言ったら、

「様々な先行研究を基に、自分で編み出した」

のだそうです。

凄すぎですから!!

研究の仮説は、『いついかなる場合も特定の行動を「行うべき」という信念をもつ、過度の規範意識は、不適応をもたらす』。

いいことやんなきゃいけない!と思いすぎたら、不適応を起こすんじゃないかっていう仮説。

これは規範認知傾向や公正世界観の研究にも繋がってくるんだけど、

ジレンマゲームに近い(そんなに近くないけれど)検査を実施したみたい。

で、結果の解釈が物凄く難しくて説明も忘れちゃったんだけど(笑)、

課題としては色々残ってるんだなって事は覚えている。

なんせ草分け的な研究だから検査結果もキレイに出てこないし、

被験者が日本人じゃなかったら違う結果も出てきそうだし。

今手元にあるのが、ポスター発表の縮小版なので、

これが文章化されるのが楽しみです!

あと、この研究をしている院生は社会心理学を研究している方なので、この研究を、法哲学を研究している学生ないし院生はどう見るのかもすごい気になる!

若者論とポポロ事件

学問の自由と大学の自治
別名 ポポロ事件
最高裁昭和38年5月22日大法廷判決

 ええええええ!って結果ですよね。何それ,っていう。私はいち学部生として,学問を追究する者として,警察官という権力の持ち主に,どこまで学問というものを理解してもらえるかを考えた場合,難しいんじゃないかなって思います。
 権力が真理追究に勝る社会に正義はあるんでしょうかね。

 本判決は「政治的・社会的活動」に当たるとし,真に学問的な研究と発表のためのものではないとしたそうです。なんだそれって話ですよね。だったらじゃあ学問の定義は何ですかー!?「学問する主体」の定義ってなんですか?学問でおまんま食ってる人間のことですかー!?ってききたいですよね。

 現代社会では通説として,学生のうちに政治や社会を知ろうぜみたいな風潮になっていて,実学はある程度政治的・社会的活動にコミットしなきゃわからないことってあるじゃないですか。なんか巷の若者論みたいになるけど,こんな判例作っておいて学生の行動範囲を狭めておいて,「最近の若者は無気力化している」みたいなことを,いわゆる団塊世代のオッサン教授は教育相談とかいう講義中に喋ってたけど,テメェ等そろそろウゼェぞ,と言いたい。


 昭和27年2月20日,東京大学法文経25番教室において,同大学公認の学生団体「ポポロ劇団」が公式許可を得て,松川事件を素材とする演劇発表会を開催したが,同会場に,本富士警察署警備係警察官4名が,私服で入場券を買って潜入していたのを学生が発見し,3人の身柄を拘束し,警察手帳を取り上げ謝罪文を書かせた。

被告人はその際,洋服の内ポケットから紐を引きちぎる等の暴行を加えたとして表記法律違反として起訴された。なお,上記の警察手帳に記されていたメモによれば,上記の警察官が少なくとも昭和25年7月末ごろ以降,連日のように大学構内に立ち入り,張り込み・尾行・盗聴等によって学生・教職員・学内団体等の動向・活動・思想傾向等の情報収集を行っていたことが明らかであった。このような事実から,本件は学問の自由・大学の自治(憲法23条)と警察権との関係如何という重大な裁判事件になった。

 第一審判決は,学生を無罪とした。「学生の自治」に関する部分としては,「学生,教員の学問的活動一般は自由でなければならない。そして,この自由が他からの干渉を受けないためには,これを確保するための制度的乃至情況的保障がなければならない。それは大学の自治である」,「学生も教育の必要上,学校当局によって自治組織を持つことを認められ,一定の規則に従って自治運動をなすことが許されている」,「被告人の上記の行動は,憲法第23条を中心にして形成される重大な国家的国民的法益に対し,徒らにこれを黙過することなく実効的に防止する手段の一つとしたもの」という。検察が上告した。
 破棄差戻し。差戻し後,被告人は第一審で有罪とされ,控訴・上告も棄却された。

舞妓、巫女、夜這い、イエ制度

 私は以前から伝統文化に関心があったので、独自で調べていた。けれど、調べていくうちに、伝統文化というのは再帰的に造られるものだということが分かった。
 私が「日本の文化とは何か」と訊かれた場合に思い浮かぶのは、書院造りの建築、着物、舞妓の半だらの帯、鱧料理、参勤交代、夜這い、イエ制度、歌舞伎などである。
 しかし、京都には参勤交代はなかったし、逆に鱧料理は京都独特のものだと言われている。書院造りの建築デザインは大陸から輸入されたことの影響が大きいから日本独自のものと断言することも難しいし、ブルーノタウトが桂離宮の書院造を見て評価した歴史があったと言えど、それを完全に日本の文化がドイツの建築家に影響を与えたとは言えないのではないか。
 本州の人々が北と南を征服する以前の日本地図の範囲は現在のそれとは違うし、元寇以前の日本地図と呼ばれるものは現在の奈良県とその周辺のみである。それはつまり「守るべき自国」の範囲を国という単位で規定したものの反映なのだそうで、これを文化と結びつけるより政治的文明と結びつけた方ががふさわしいような気もしてきた。
 イエ制度は共同体文化から派生した関係性の特徴なのか国策なのか断定できないし、家族制度を整えて効率よく生産性を上げるという政策を実行したのは日本だけではない(エンゲルス,1820-1895)。従って、イエ制度から派生した夜這いという文化も日本独特と言い切ることはできない。
 現在の「着物」と呼ばれるもののデザインは19世紀に完成したと言われており、それ以前のデザインは全く違うものだといわれている。19世紀に完成されたデザインを「伝統ある文化」とみなしてよいのだろうか。
 また、私は趣味範囲で京都の芸妓の研究、岐阜の金津園や長良川周辺の独学をしていたが、太夫と芸妓の成立過程や仕事内容は違う。江戸の芸者と京の芸妓も違う。しかし、海外の人が思い描く「ゲイシャ」は全て一緒に見なして語られる。これを、本当に「影響を与えた」と言っていいのだろうか。小津安二郎監督の撮った『秋刀魚の味』という映画で、欧米人がヘタな三味線を弾くシーンを想像して「日本は、戦争に負けてよかったなあ」と話しているシーンがあった。最初みたとき、何を言っているんだろう、小津さんは俳優に何を喋らせているんだろう、そんなこと公言してもいいのか、色んな事を考えた。
 影響を与える、というのは、一概にプラスに働くだけではないのかもしれない。私が安易に映画に関して述べるときっと先輩に怒られるだろうが、どこにも出ていかずに、日本人にしかわからない感性だけで愛される文化があってもいいのではないか、というメタファなのかもしれない。フランス人が「ドビュッシーの曲はフランス人にしかわからない」と言うように。
 祇園や芸妓に関してはまだ書きたい事が山ほどあるのだが、テーマからそれるので割愛する。
 元総理大臣である中曽根康弘は日本の事を単一民族国家だと見なし、長らく「日本に少数民族は存在しない」ことを日本政府の公式見解としていた。しかし、その見解に対して異論があったそうだ。アイヌ人、在日コリアン人、台湾人の特別永住者など、少数民族はいる。そのような事実を覆い隠してひとまとめに日本の文化と言ってもよいのか。小笠原諸島には欧米系島民がおり、彼らは日本国内で迫害され存在を隠蔽されてきたが、彼らの独特な生活習慣はちゃっかりと日本文化とみなしてもよいのか。
 歌舞伎の元祖は、1603年に北野天満宮で興行を行い、京都で評判となった出雲阿国と言われている。阿国は出雲大社の巫女だったとも河原者でもあったと言われている。巫女や河原者を始めとした渡り者は当時差別されていたそうだ。
 私はかつて屠場に関心があった時期があり、昨年、企画展として写真展が開催されるということで大阪人権博物館に行ってきた。
 大阪博物館には、様々なパネルが展示してあったので、一つひとつ見ていくことにした。そこで、江戸時代に太鼓を作っている人や庭園を作る庭師も被差別民だったことを知った。
 衝撃的だった。私は、何も知らずに京都に住んで、毎日観光にお客様としてはしゃいでいただけだったのかと。現在日本の伝統文化として確立している歌舞伎、太鼓、庭園は、差別という痛みを伴って形成されたことも知らずに、ただ「美しい日本の伝統文化」として海外に紹介していこうとしていた私は、もっと勉強しなければと思った。

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