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ニッポンのジレンマ 国際関係論 めも。

この番組ね→http://www.nhk.or.jp/jirenma/

吉田徹さん
日本が抱える問題は世界も抱えている

土井香苗さん
美人wwww
ってか美人!!

與那覇潤さん
イケメンwwww
ってかイケメン!!
日本に留学生が来なくなった
ジャパンパッシングの始まり

木村草太さん
国家を擬人化するのは危険

陳さん
30年くらい無国籍を体験

宇野常寛さん
雰囲気いつもと違う!!
シュっとした,シュっと。
スタイリッシュになった

かつて海外を知っているというのは卓越性とリンクしていた
→相沢ちゃんは全くそういう感覚を持ってないんだよね~。
私はシロウトなりに愛国心があるから,
単に留学したか否か,海外に行ったか行ってないかで
賢いかどうかの判断をする「感覚」を持っている学生と基本的に話が合わないww

ってか,荻上チキも結婚してからイケメンになったことを考えれば,
宇野さんが急にイケメン度を増したのは彼女が出来たからでなかろうか

進歩幻想の終焉

ネイションが他者に対する想像力を担保していた
→!!!!!ちょっと新しい視点なんですが!
 心理学では「心の理論」て言いますが

タイとビルマの国境に住んでる人
→国境という感覚が無い
→国家は「無国籍はかわいそう」といって国家に包摂させるのは
本当にその人たちにとって幸せなのだろうか?

日本人は「共感」の幅を広げるのは不得手
→禿同

<国家の役割>
1,暴力の独占
2,立憲主義,民主主義
3,国単位の想像力

與那覇さん,私に言ってくれた話とちがーう!!w
あたしには,「福祉という見方がある」って言ってたのに!

他者に通じないままだと他者に認識されない
他者性

ぉ,宇野さんメガネ外したww

ソフトパワー

…あー集中力とぎれてきた

陳さん「ソーシャルネットワークは今までやってきたことが形になっただけ」

アドボカシー

…ねもい

ねもいねもい

……

………

…あ,寝てた

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シャガール展いってきまんた

岐阜県美術館でシャガールの企画展が開催されていたのでみてきました。

私のお気に入りの人魚の絵がひとつもなかったことと,

シャガールが「愛の画家」ということで,美術館の演出がいかにも

「カップルと仲良くきてくださいねー」というギトギトの演出で,

彼氏のいない私はいたたまれない気持ちになったのですが←

というかね,ずっと好きだった人がシャガールが好きで,それで私もシャガールをみるようになったんだけど,

シャガールが繰り返し描く人魚に自分を投影させてたんだよね。

その人,彼女さんがいたから,私は人魚なんだ,って。

というか,シャガールを「愛」って言葉で片付けたら何かが見えなくなってくるんじゃねーかww

ま,そゆことで美術館でメモったメモをそのままコピペします(ぇ

ユダヤ,ムーサ(ギリシャ神話),パリ,クレズマー,バイオリン,ダフニス,クロエ,ニース

強烈な垢の色彩に,ナレーションの「愛」の連呼に違和感を覚える

「赤い魚のいる風景」・・・キュビズムっぽい描き方だと思った

「赤い旗」(1970,1975年)・・・ロシアに何があった?

赤い作品がとにかく多い

シャガールの版画集「サーカス」に興味を持った画家に,ピカソ,マチス,ルオー,レジェがいた

→たしかにあの強烈な「赤」はマチスに似ているかもしれない

ベラ(最初の奥さん)美人!!

シャガール革命後のソビエト,ロシアを体験した

ユダヤの思想の一つ,「世界は一つ」という感覚

妻や故郷の喪失→帰る場所,アイデンティティ,自分が誰であるかを覚えてくれる人,自分が思いだせる場所

シャガール,1937年にフランスで「革命」を制作
→ショパンのにほひがww

月が左上に描かれている作品が多い

「蒼い恋人たち」(1948-1953年)・・・悲しみの蒼を表現しているらしい。けれど,私にとってはキレイな青にしか見えない。私の感性がおかしいのか?これはめずらしく月が右上である。色彩がゴッホっぽい。

ステンドグラスの仕事をするようになってから色彩の質が変わったらしい
→以後,あの有名な水色の絵をよく描くようになったらしい。

愛人の話

みなさまこんにちは。

お久しぶりです。

相沢は最近何をしていたかと言いますと

・法律のお勉強

・心理学会参加

・映像祭に自分の作品を出展

・(一応歴女なので)地元史の独学

・卒論

・最高裁で裁判傍聴

・渋谷区円山町徘徊

などをしとりました。

さて、本題にいきましょう。

あなたは、恋人、またはパートナーがいますか?

私は、いません。

なんだろう、「愛」という欺瞞用語で性のタダ売りはしたくないし、

かといってセックスの無い日々は死ぬほどひもじいので、自分の自尊心を満たしてくれそうな男をハントする癖は治らず。

「恋人制度」とゆーのは、一番大好きな人のたった一つの「恋人」というポストに自分が居られるという特権制度、つまり排他的ロマン派かつ家父長制一夫一婦主義に則ったものなんだろーなーと思うワケですよ。

で、そのような制度は国の人材確保、もっと言えば優生学に則れば優秀な人材確保という国策家族システムにとても理にかなったものなんだろうなぁと。

もし「恋人制度」が、優生学に則ったものであるならば、私みたいな人間劣化版はどんな人間のたった一つの「恋人」というポストに居座る権利も無いわけですよ。

居場所、ないじゃんね。

そう考えるとさ、「カップル」というシステムは、よほど自尊心がある人じゃないと到底なせる技じゃないよね。

それでさ、私は「愛人」という役割に唯一の希望を持ったんだよね。

制度に組み込まれないおこぼれの私が最後に行き着いた場所。

社会学や経済学とかで、異性との関係性の中で女性の立場はどーたらこーたらみたいな学説はたくさんあるみたいだけど

(上野千鶴子さんの著書、何冊か読みましたよ)

私は「ジェンダー」という学問をやっているわけではなくて

「女」という生きざまをやっているわけで

そんな完璧に他者と関係築いてはいません。

んと、話がずれましたね。

そんなこんなで愛人に希望を見出だした私ですが、

「愛人」という単語の構成概念って様々にあると思うんですね。

家父長制にまとわりつくシロアリとか、物乞いとかね、色々あると思うんです。

意味とか世界観は、世界中の人間と共有出来ないと割りきった方がいいね、うん。

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