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言語学と哲学ぅぅぅぅ!

先日、自分が自殺をしたい理由について数式を用いて延々とツイートしていたところに、
ある人から「それは言語学を勉強すればいかにこのツイートが無意味であるかに気づくよ」
という返信をいただき、それで少し言語学に興味を持ち始めていたところで
今日対人行動論の講義で言語学をやっていたので、
ちょっと面白かったのでブログに書いてみようと思いまする。

まず、数式も言語に含まれるならば、ユングの言葉を用いて、
数式は唯一元型としての構造をもつ言語なのではないか。
→数式は脳のどこで認知され、理解しているのかを生理心理学や脳科学でもう少し調べてみたい。
言語学の言葉を使うと、唯一完璧な「ラング」では。

ラングとパロールの対比に関して
心理学用語に言い換えると前者が量的研究、後者が質的研究か
パロールに関しては、臨床心理学での投影法にも関わってくる話かもしれない。
→認知言語学は、言語をどう認識するか、認知するか、という考え方の立場をとるのだとすれば
それで、一人ひとり、言葉の概念であったり、イメージが少しずつ違うと思う。
なので、あいまいな単語を用いて投影法を行い、
心理療法を実践していく方法も可能性として否定できないのかも???

デリダのパロールとエクリチュールの対比に関して
モーリス・ブランショのエクチュール論→「本質的に死に含む言語活動」
つまり、ことばとは、書かれたと同時に死んでしまうという話であれば、
人間は生きている限り永遠の存在になることはできず、常に不安定な宙ぶらりんであると。
その不安定さに絶えられない人が永遠の安定を渇望しているのか。私を含め。
早く結論を出したい、という欲求に似ているか。
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東條英機は、死にぞこないました。

東條英機は、死にぞこないました。

世の中、そんなアイロニーを闇に秘めて、

そういう自分の時空間を持て余して

絶望と恥と虚栄心と攻撃性と疲弊を携えた人間なんか

ごまんといます。

私なんか東條英機とヒトラーと利き手も同じやし

エゴグラムも彼らと同じ結果になるし

そういう自分を持て余して日常を無意味な形で表象しているわけですよ。

生きるって、そういう事なのでは無いかと。

だから、キレイゴトは嫌いなんですよ。

心理学によるセカイの再構築

旦那は有斐閣

愛人はサイニィの

さもしい学生、相沢祐香ですww


この世で使い古された言葉たちの構成概念が、

科学によって再帰的に洗い直される。

心理学の量的研究はセカイの再構成という意味では画期的でゎないか

としたら、、、

具体的に今まで、

単語がヒトに認知された場合に

ヒトの心理はどう変容し

ある単語とある単語の関係性を

ヒトはどう認知するか

をメタ的に科学的に研究した

具体的論文を読んでみたい。


もいっこ話題。

卒論は政治心理学関連にしたいと考えている相沢ですが

政治学を思考の軸として政治心理学を斬るのと

心理学を思考の軸として政治心理学を斬るのとでは

かなり違うと思うんだよね。

だから、楽しみなんですよo(^^0) (o^^)o

パラグライダー的な教育論

最近ブログの更新頻度がちょっと多い相沢祐香です。


教育ってさ、ある意味で

「こういう人間が理想である」というイデアの人間を掲げた上で、

人を教育するじゃん。

んで受験という形でふるいにかけるじゃん。



んで、教育されている最中の私からすれば、の話をしましょう。

「上層部のイデアに近づく努力が、自分の幸福とは繋がらない能力を自分は持ってしまっている」

あるいは

「上層部からのトップダウン的なものさしは、自分の幸福論とは合わない」

と被教育者が悟ってしまえば、

そそくさと、提示された階段を降りて

自分の方法で生きていく方法を見つけるでしょう。


うわーこのブログ内容のホリケン的なパラグライダーの終着点が見つからないww

ちょっと保留にしましょう。

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